2008年05月16日

当たり前?

最近私の頭の中を流れている曲があった。るんるん

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「神様の恵み」


朝目覚めた時に 与えられてる命と
わたしを照らす朝の光りと
家族の笑い声と 整えられた食卓と
今日一日が始まることの この喜びを


わたしはこんなに あなたから祝されている
何気なく過ごす この日々の中で
いつでもあなたの恵みがわかるように
あなたに感謝できますように


緑の木々の中を 通り過ぎて行く風と
遠く彼方まで続く青空と
小鳥のさえずりと 風に揺れる草花と
今生かされてることの この喜びを


わたしはこんなに あなたから祝されている
何気なく過ごす この日々の中で
いつでもあなたの恵みがわかるように
あなたに感謝できますように
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


普段、当たり前に思っていたことが多い私であった。
与えられている恵みを当たり前に思っていた。
何一つも主の恵みではないものがあるだろう…
家族も、友達も、愛するみんな、今の状況、全てに感謝します。



問題だけを見ていると、どうしようかと考えると答えが見えなかった。
問題を考えて、心配が出て、またさらに心配を心配していた自分がいた。
祈っても、聖書を読んでも、答えが見えなかった。

時間がかかり、苦しんでやっと下のことばが思い出した。

「主よ、あなたを理解できませんが、信頼します。」  By Os Guinness


<詩篇 / 62篇 1節〜2節(口語訳)
わが魂はもだしてただ神をまつ。わが救は神から来る。
神こそわが岩、わが救、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはな
posted by mizpah at 16:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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☆相模原教会・青年会2009☆

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